ようこそ、管理人「どきどき」のブログへ。
お遍路では「こだわりをなくせ」と教えられます。
けれど年を重ねるほど、髪の毛の代わりに“こだわり”が生えてくるもの。
特に年寄りのこだわりはやっかいですが、ここでは日々の備忘録として、少し残しておこうと思います。
肩の力を抜いて、時には読み飛ばしながらお付き合いいただければ励みになります。
No.6161
2026/07/04 (Sat) 09:28:51
またも新聞ネタです
日曜日、朝刊一面に
「藤前干潟マイクロプラスチック汚染の波」と掲載されていた
藤前干潟は
名古屋市港区と愛知県飛島村にまたがる伊勢湾の干潟で
渡り鳥の中継地として知られている
その干潟は
庄内川、新川、日光川の河口に位置し
各河川から流れ出たゴミが集まりやすいという
そしてそのゴミ
マイクロプラスチックが
生態系へ及ぼす悪影響の問題点を指摘する記事であった
小牧市が推奨する散乱ごみ収集活動においても
駐輪場整理作業での始業前掃除も
日課としての、向う三軒両隣的掃除でも
プラ類・金属類・たばこの吸い殻など散乱ごみはなくならない
下水道完備で河川は整備されてはいるが
未だに「川はゴミ箱」状態である
これでは、河口ははたまったもんじゃない
レジ袋有料化でプラスチックごみの一つレジ袋も
減ると思っていた
しかし
実際にはレジ袋の生産量は大きく減らなかったという
さらに最近は人工芝の普及も進み
暮らしはますますプラスチックと切り離せなくなっている
もう「プラスチック」はなくならない・なくせない
これが現実だ
プラの恩恵を受けている、某にできる事は
分別とリサイクル習慣の徹底と
向う三軒両隣的掃除だ
効果はマイクロプラスチック一粒にも
満たないかもしれない
それでも
できることを続けるしかないと思っている
日曜日、朝刊一面に
「藤前干潟マイクロプラスチック汚染の波」と掲載されていた
藤前干潟は
名古屋市港区と愛知県飛島村にまたがる伊勢湾の干潟で
渡り鳥の中継地として知られている
その干潟は
庄内川、新川、日光川の河口に位置し
各河川から流れ出たゴミが集まりやすいという
そしてそのゴミ
マイクロプラスチックが
生態系へ及ぼす悪影響の問題点を指摘する記事であった
小牧市が推奨する散乱ごみ収集活動においても
駐輪場整理作業での始業前掃除も
日課としての、向う三軒両隣的掃除でも
プラ類・金属類・たばこの吸い殻など散乱ごみはなくならない
下水道完備で河川は整備されてはいるが
未だに「川はゴミ箱」状態である
これでは、河口ははたまったもんじゃない
レジ袋有料化でプラスチックごみの一つレジ袋も
減ると思っていた
しかし
実際にはレジ袋の生産量は大きく減らなかったという
さらに最近は人工芝の普及も進み
暮らしはますますプラスチックと切り離せなくなっている
もう「プラスチック」はなくならない・なくせない
これが現実だ
プラの恩恵を受けている、某にできる事は
分別とリサイクル習慣の徹底と
向う三軒両隣的掃除だ
効果はマイクロプラスチック一粒にも
満たないかもしれない
それでも
できることを続けるしかないと思っている
PR
No.6160
2026/07/03 (Fri) 08:55:50
中学校を卒業したとき
学校は全員に
認印とプラスティックのケースを贈ってくれた
社会人の頃は
認め印、訂正印、銀行印、実印に会社では日付印があった
聞いた話では、認め印(三文判)より
レアな日付印が業界の中では権威があると
当時取引業者から聞いたことも
さて、今は令和の時代、デジタル化へと進む
小牧市関係の申請書類なども
印鑑を必要とする書類が減ったようだ
銀行、証券、車庫証明、土地家屋売買には
実印と場合によっては印鑑証明書が、現在も必要となる
ちなみに
シルバー人材センターの作業報告書は
シャチハタ印は通用しなく、朱肉印を要した
その書類の押印は
会員・担当・に続き、局長まで、六つの押印ボックスがあり
昔ながらの風習をみて
ある意味、懐かしかった
宅配の受取りは
置き配システムが始まり
サインまたは受取り印不要の物件も出てきた
更に話は長くなるが
数日前「孫の実印」の投稿に際し
当プログ愛読者のスウェーデン在住の友より
拍手コメントをいただいた
「私には理解不能な分野の印鑑文化ですねーー」と
彼もかつては企業戦士であったであろうが
スウェーデンでの生活がずいぶん長くなり
この「印鑑」の文化を不思議と思われたのか
もうすっかり、スウェーデン人だ
ちなみに
AIアシスタントは
世界で印鑑(個人の署名代替の印章)を日常的に使う国は
中国・日本・韓国・台湾・ベトナムなど
東アジア・東南アジアの一部にほぼ限られ
日本特有の「実印」は市区町村に印鑑登録し
契約や登記など重要な法律行為に用いる
「公的に証明された個人印」の概念です
と、説明する
少しふり返って
社会の授業で
漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)
とか習った気がする
お宝探偵団で目にする古文書には
平安時代の貴族とか殿様や身分の高い方の
「花押(かおう)」が記されている
花押がもっと庶民にも広がっていたら
日本もサイン文化になっていたのだろうか
そんなことを、ふと思った
趣味の世界では「篆刻印」もあり
路上で交通違反すると、おまわりさんにつかまり
書類に「指紋押印」する
日本の長い印章文化、いつまで残るのかは分からない
デジタル化の時代になっても
某はこの文化が好きである
学校は全員に
認印とプラスティックのケースを贈ってくれた
社会人の頃は
認め印、訂正印、銀行印、実印に会社では日付印があった
聞いた話では、認め印(三文判)より
レアな日付印が業界の中では権威があると
当時取引業者から聞いたことも
さて、今は令和の時代、デジタル化へと進む
小牧市関係の申請書類なども
印鑑を必要とする書類が減ったようだ
銀行、証券、車庫証明、土地家屋売買には
実印と場合によっては印鑑証明書が、現在も必要となる
ちなみに
シルバー人材センターの作業報告書は
シャチハタ印は通用しなく、朱肉印を要した
その書類の押印は
会員・担当・に続き、局長まで、六つの押印ボックスがあり
昔ながらの風習をみて
ある意味、懐かしかった
宅配の受取りは
置き配システムが始まり
サインまたは受取り印不要の物件も出てきた
更に話は長くなるが
数日前「孫の実印」の投稿に際し
当プログ愛読者のスウェーデン在住の友より
拍手コメントをいただいた
「私には理解不能な分野の印鑑文化ですねーー」と
彼もかつては企業戦士であったであろうが
スウェーデンでの生活がずいぶん長くなり
この「印鑑」の文化を不思議と思われたのか
もうすっかり、スウェーデン人だ
ちなみに
AIアシスタントは
世界で印鑑(個人の署名代替の印章)を日常的に使う国は
中国・日本・韓国・台湾・ベトナムなど
東アジア・東南アジアの一部にほぼ限られ
日本特有の「実印」は市区町村に印鑑登録し
契約や登記など重要な法律行為に用いる
「公的に証明された個人印」の概念です
と、説明する
少しふり返って
社会の授業で
漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)
とか習った気がする
お宝探偵団で目にする古文書には
平安時代の貴族とか殿様や身分の高い方の
「花押(かおう)」が記されている
花押がもっと庶民にも広がっていたら
日本もサイン文化になっていたのだろうか
そんなことを、ふと思った
趣味の世界では「篆刻印」もあり
路上で交通違反すると、おまわりさんにつかまり
書類に「指紋押印」する
日本の長い印章文化、いつまで残るのかは分からない
デジタル化の時代になっても
某はこの文化が好きである
No.6159
2026/07/02 (Thu) 07:51:59
ラジオからの小ネタ
今日は、ちょうど一年の半分の日らしい
そして
夏至の末候、半夏生
解説には「半夏生ず」
「半夏(からすびしゃくが)が生えはじめるころ」とあり
そこで「からすびしゃく」をWeb検索してみると
我が家で「半夏生」と称し鉢植えで育てている植物とは
似ていない
菩提寺からの暦の雑節に
七月二日は「半夏生」
読み仮名はふられていないが
一説によれば
「はんげしょう」とも「はんげしょうず」とも
家内が好きだった「半夏生」
大切に育てているが
今年の鉢植え半夏生は、花も終盤を迎えていて
先月二十三日にあじさいとアルストロメリアと共に
伐採してしまった
毎年、この時期になると
二つの関係はどうなっているのか
悩むのであります
そして、今日が終るころ
まぁ、どっちにしても
暦の半夏生と我が家の鉢の半夏生
名前は同じでも、その結びつきは意外に薄いようである
と、今年の七月二日を
無事に迎えたのであります
今日は、ちょうど一年の半分の日らしい
そして
夏至の末候、半夏生
解説には「半夏生ず」
「半夏(からすびしゃくが)が生えはじめるころ」とあり
そこで「からすびしゃく」をWeb検索してみると
我が家で「半夏生」と称し鉢植えで育てている植物とは
似ていない
菩提寺からの暦の雑節に
七月二日は「半夏生」
読み仮名はふられていないが
一説によれば
「はんげしょう」とも「はんげしょうず」とも
家内が好きだった「半夏生」
大切に育てているが
今年の鉢植え半夏生は、花も終盤を迎えていて
先月二十三日にあじさいとアルストロメリアと共に
伐採してしまった
毎年、この時期になると
二つの関係はどうなっているのか
悩むのであります
そして、今日が終るころ
まぁ、どっちにしても
暦の半夏生と我が家の鉢の半夏生
名前は同じでも、その結びつきは意外に薄いようである
と、今年の七月二日を
無事に迎えたのであります
No.6158
2026/07/01 (Wed) 11:01:41
No.6157
2026/06/30 (Tue) 15:26:22
2025年9月29日のブログで
「テキスト型AI『ChatGPT』を使い始めました」
と投稿してから、約十か月が過ぎようとしている
今では欠かすことのできない存在となった
活用しているというより、助けてもらっていると言った方がよい
某にとっては、師匠たる「ChatGPT」である
では、その成果はどうなのか
そう問われれば、正直なところ
今でも草稿の出来は「一進一退」である
ただし、「非」はずいぶん改善していただいたと自負している
少し整理してみると
まずは誤字、脱字、変換ミス
これはAI以前の問題であり、永遠の課題である
原因は、ひとえに某の注意力不足
むしろ「ChatGPT」に頼りすぎているのかもしれない
次に、独りよがりの文章である
某のブログやホームページは
自分自身の忘備録として続けてきた
「うけ」や「いいね」を期待して書いているわけではない
そのため、
「多くを語らずとも前後関係でわかるだろう」
という思い込みで、長年文章を書いてきた
その結果
「何が言いたいのかわからない」という
評価もあることは、自覚している
そんな某に、「ChatGPT」はこんな言葉を教えてくれた
「文章とは、相手の頭の中に橋を架ける作業」
たとえば
草稿では
「銀行印を作成したとき作っておけばよかった」
と書いた
ところが推敲後は
「銀行印を作ったとき、一緒に実印も作っておけばよかった」
となる
たった一言加えるだけで、読み手には話が伝わりやすくなる
もう一つ、助詞である
某は助詞を省略する癖がある
たとえば
「実印利用すること」
ではなく
「実印を利用すること」
である
「ChatGPT」は決して
「小学低学年の国語からやり直しなさい」
とは言わない
代わりに
「助詞は読者への道案内と思うとよい」
と教えてくれる
そして、もう一つ心に残った言葉がある
「読み手は、書き手の頭の中を見ることはできない」
だから、あと一文
だから、助詞を一つ
だから、「ふと何を思ったのか」を一言添える
その橋渡しが、文章なのである。
さらに忘れてはならないのが
「らしさは残す」
という教えである
読みやすくすることと、自分らしさを失うことは違う
この一年で、そのことも学んだ
「なるほど、その通りだ」
と、その場では理解したつもりになる
しかし、翌日になるとまた同じ失敗を繰り返す
だから「一進一退」なのである
それでも
「これが俺らしさだから」
と弁解することなく
少しずつでも
読み手に橋を架ける文章を書けるよう
これからも努力していきたい
長くなったが
読み手とは
即ち自分自身のことでもあるから
「テキスト型AI『ChatGPT』を使い始めました」
と投稿してから、約十か月が過ぎようとしている
今では欠かすことのできない存在となった
活用しているというより、助けてもらっていると言った方がよい
某にとっては、師匠たる「ChatGPT」である
では、その成果はどうなのか
そう問われれば、正直なところ
今でも草稿の出来は「一進一退」である
ただし、「非」はずいぶん改善していただいたと自負している
少し整理してみると
まずは誤字、脱字、変換ミス
これはAI以前の問題であり、永遠の課題である
原因は、ひとえに某の注意力不足
むしろ「ChatGPT」に頼りすぎているのかもしれない
次に、独りよがりの文章である
某のブログやホームページは
自分自身の忘備録として続けてきた
「うけ」や「いいね」を期待して書いているわけではない
そのため、
「多くを語らずとも前後関係でわかるだろう」
という思い込みで、長年文章を書いてきた
その結果
「何が言いたいのかわからない」という
評価もあることは、自覚している
そんな某に、「ChatGPT」はこんな言葉を教えてくれた
「文章とは、相手の頭の中に橋を架ける作業」
たとえば
草稿では
「銀行印を作成したとき作っておけばよかった」
と書いた
ところが推敲後は
「銀行印を作ったとき、一緒に実印も作っておけばよかった」
となる
たった一言加えるだけで、読み手には話が伝わりやすくなる
もう一つ、助詞である
某は助詞を省略する癖がある
たとえば
「実印利用すること」
ではなく
「実印を利用すること」
である
「ChatGPT」は決して
「小学低学年の国語からやり直しなさい」
とは言わない
代わりに
「助詞は読者への道案内と思うとよい」
と教えてくれる
そして、もう一つ心に残った言葉がある
「読み手は、書き手の頭の中を見ることはできない」
だから、あと一文
だから、助詞を一つ
だから、「ふと何を思ったのか」を一言添える
その橋渡しが、文章なのである。
さらに忘れてはならないのが
「らしさは残す」
という教えである
読みやすくすることと、自分らしさを失うことは違う
この一年で、そのことも学んだ
「なるほど、その通りだ」
と、その場では理解したつもりになる
しかし、翌日になるとまた同じ失敗を繰り返す
だから「一進一退」なのである
それでも
「これが俺らしさだから」
と弁解することなく
少しずつでも
読み手に橋を架ける文章を書けるよう
これからも努力していきたい
長くなったが
読み手とは
即ち自分自身のことでもあるから
No.6156
2026/06/29 (Mon) 22:09:10
深夜便四時台のインタビューは
映画「小学校~それは小さな社会~」を
制作された
ドキュメンタリー監督 山崎エマ氏の
「当たり前の中にある価値を見直したい」(前編)
と、題したインタビューであった
山崎エマ氏は
「日本の小学校六年間の
教育、集団生活ーー
それらが、大きく日本人の社会を成している」
続けて
自由に育つ、育てる
反面
思いやりがうすれ自分勝手になる
給食当番とか、みんなで掃除
全てよし、と言うわけではないが「集団規律」は
これも立派な教育であると解説される
......なるほど、と共感しながら聞く
いつもなら、いつの間にか寝てしまうことが多いのに
記録として
インタビュー冒頭の部分を書き写す
「神戸生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ
大阪の公立小学校を卒業後
中・高は神戸のインタナショナルスクールに通ったーー」
その後、アメリカに留学、映像関係に就職ーー現在に至る
そして彼女の著書
「それでも息子を日本の小学校に通わせたい」
小牧図書館に在庫されていたので予約した
七月二十五日のインタビュー「後編」と
ともに楽しみである
そうそう
連絡待ちの、杉山響著
「憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ」は
予約者三十七人中三十五番目......これにはびっくり
でも
慌てることはない、気長に待とう
映画「小学校~それは小さな社会~」を
制作された
ドキュメンタリー監督 山崎エマ氏の
「当たり前の中にある価値を見直したい」(前編)
と、題したインタビューであった
山崎エマ氏は
「日本の小学校六年間の
教育、集団生活ーー
それらが、大きく日本人の社会を成している」
続けて
自由に育つ、育てる
反面
思いやりがうすれ自分勝手になる
給食当番とか、みんなで掃除
全てよし、と言うわけではないが「集団規律」は
これも立派な教育であると解説される
......なるほど、と共感しながら聞く
いつもなら、いつの間にか寝てしまうことが多いのに
記録として
インタビュー冒頭の部分を書き写す
「神戸生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ
大阪の公立小学校を卒業後
中・高は神戸のインタナショナルスクールに通ったーー」
その後、アメリカに留学、映像関係に就職ーー現在に至る
そして彼女の著書
「それでも息子を日本の小学校に通わせたい」
小牧図書館に在庫されていたので予約した
七月二十五日のインタビュー「後編」と
ともに楽しみである
そうそう
連絡待ちの、杉山響著
「憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ」は
予約者三十七人中三十五番目......これにはびっくり
でも
慌てることはない、気長に待とう
No.6155
2026/06/28 (Sun) 11:49:58
急を要し家内が作っていた某の実印
認印より貧弱かも知れない印相
それでも印鑑証明があれば、立派な実印である
長く使用してきたが
気分を一新したいと思った
十五年近く前
母親の実印を再利用して
某の実印を作成しても差し支えないか
小牧老舗の印舖店にて
新たな実印を作成した
その後、何度か実印を使う機会があり
その都度、さまざまな思いを込めて押印してきた
さて、今日の本題は孫の実印である
今年、成人式を終え、大人の仲間入りをした
この先、実印が必要になる時が来るかもしれない
引き出しの印箱を整理していて、ふと思った
孫の銀行印を作ったとき
一緒に実印も作っておけばよかったーー
そんな後悔が少し残っていた
さて、どうしたものか
孫の時代「印鑑証明書」「実印」の利用頻度は
きっと今より少なくなるだろう
それでも、日本で暮らしていく以上
実印が必要になる場面はある
印舖店にて相談すると
某の父親の実印、印材「めのう石」は
女性の印材としてもふさわしいとのこと
意を強くし、その印材で作ることにした
この度、出来上がった実印を
お仏壇に供え報告した
認印より貧弱かも知れない印相
それでも印鑑証明があれば、立派な実印である
長く使用してきたが
気分を一新したいと思った
十五年近く前
母親の実印を再利用して
某の実印を作成しても差し支えないか
小牧老舗の印舖店にて
新たな実印を作成した
その後、何度か実印を使う機会があり
その都度、さまざまな思いを込めて押印してきた
さて、今日の本題は孫の実印である
今年、成人式を終え、大人の仲間入りをした
この先、実印が必要になる時が来るかもしれない
引き出しの印箱を整理していて、ふと思った
孫の銀行印を作ったとき
一緒に実印も作っておけばよかったーー
そんな後悔が少し残っていた
さて、どうしたものか
孫の時代「印鑑証明書」「実印」の利用頻度は
きっと今より少なくなるだろう
それでも、日本で暮らしていく以上
実印が必要になる場面はある
印舖店にて相談すると
某の父親の実印、印材「めのう石」は
女性の印材としてもふさわしいとのこと
意を強くし、その印材で作ることにした
この度、出来上がった実印を
お仏壇に供え報告した
