ようこそ、管理人「どきどき」のブログへ。
お遍路では「こだわりをなくせ」と教えられます。
けれど年を重ねるほど、髪の毛の代わりに“こだわり”が生えてくるもの。
特に年寄りのこだわりはやっかいですが、ここでは日々の備忘録として、少し残しておこうと思います。
肩の力を抜いて、時には読み飛ばしながらお付き合いいただければ励みになります。
No.5292
2024/02/14 (Wed) 17:01:15
No.5289
2024/02/11 (Sun) 18:58:47
娘が常用するスズキ スペーシア 軽なのにフル装備
総走行距離・インターバル距離(A,Bの二チャンネル)
普通この三モード 昔人間はこれしか概念ない
ハスラー車検中代用として久々運転
走行距離メータが【A】になっていて元に戻した(つもり)
その数字が 59231
ぇ!こんなに走行している
昨年 11月車検の時≒16,000Km程であったのに
これは故障だ、おかしいと車を疑った
ディーラに持参する前に再度確認
ボタンを押したら何やら数字がころころ変わる
走行距離の他に 燃費 残り航続距離だの
スマホ撮った写真見ると
59231なる数字は
積算アイドリングストップ節約燃料 59231mLだって
とんだお騒がせだ
って言うか
多機能すぎて使いこなせていない最近の車
No.5287
2024/02/09 (Fri) 17:23:23
No.5285
2024/02/07 (Wed) 16:40:04
No.5284
2024/02/06 (Tue) 11:04:56
No.5283
2024/02/05 (Mon) 12:56:57
No.5280
2024/02/02 (Fri) 14:21:04
1963(昭和38)年 高校卒業して小牧市の工場へ就職
社内結婚し小牧市に移り住んだのが1971(昭和46)年10/17
昭和38年 人口は≒55千人 2022年現在≒150千人
愛知の片田舎 小牧市はずいぶん発展した
今現在とても住みやすい町だ
その小牧
なんにもない が 災害の少ない土地と言われている
確かに国宝もない 名所旧跡 観光地も少ない
某の散歩コースには 小牧山城 がある
標高86mの小牧山の頂上にあるお城だ
数年前より小牧山周辺の発掘と石垣の再生工事がされ
往時の風格 (知らんけど) が
再現されようとしている 楽しみだ
以下は 某の覚えとしてweb情報を転記した
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戦国時代 永禄6年(1563年)
織田信長が小牧山に築城、清洲から移る。小牧山南麓に城下町を形成
安土桃山時代 天正12年(1584年)
小牧・長久手の合戦がおこり、豊臣秀吉と織田信雄・徳川家康連合軍が戦う
家康は、小牧山の信長の城跡を改修し、陣城を築く
江戸時代
小牧山は尾張藩領となり、「神君家康公」ゆかりの地として一般の入山を禁止
山守頭の江崎氏らにより大切に保護される
明治時代
小牧山と尾張徳川家所有の土地が交換され、小牧山は徳川家の所有となる
小牧山を保護するため番人を置き一般公開を停止する
昭和時代 昭和5年(1930年)
徳川家から小牧町へ小牧山が寄付される
昭和42年(1967年) 小牧山城が建設された
以来
小牧山周辺は市民の憩いの場として親しまれている
