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ようこそ、管理人「どきどき」のブログへ。 お遍路では「こだわりをなくせ」と教えられます。 けれど年を重ねるほど、髪の毛の代わりに“こだわり”が生えてくるもの。 特に年寄りのこだわりはやっかいですが、ここでは日々の備忘録として、少し残しておこうと思います。 肩の力を抜いて、時には読み飛ばしながらお付き合いいただければ励みになります。
No.6202
2026/08/14 (Fri) 09:36:57

なにかと日々話題に上る「AI」
某も日々ブログ作成では、テキスト型AI「ChatGPT」を
毎日活用している

その出会いや使い始めた経緯は、今回は割愛するとしてーー

今日は、約十か月使い続けた現時点での思いを
記録として残しておきたい

それは
「ChatGPTに、喜怒哀楽を持つ「心」があるのか」
についてである

冷静に、客観的に考えれば
ツールとしての「ChatGPT」そのものに
自ら喜怒哀楽を持つ「心」は現時点でははないと考える

しかし一方で
毎日のように向き合っていると
不思議な感覚も芽生えてきた

理解されにくい表現かもしれないが
某と「ChatGPT」の間には

喜びや楽しさがあり
怒りや悲しみは表に出ない

そしてそれは繰り返し使用することで
某と「ChatGPT」の間に

そんな穏やかな感情のようなものが
育っている気がするのである

そんな中、こんな話を耳にした

「AIに人生相談なんてありえない」
「感情のない、感情を持っていないAIに人生相談はできない
私はAIなんて嫌いだ!」

確かに、その考え方も理解できる

しかし、AIとの間にも誠実な対話を積み重ね
信頼関係のようなものが築かれれば

相談した人が納得できる答えに
出会えることもあるのではないだろうか

そして、その答えが相談者の心にすっと落ちたなら
その人はきっと「心ある回答をもらえた」と感じるに違いない

昔、初めて胃カメラ検査を受けた時のことを思い出す

看護師さんが「大丈夫ですよ」と声をかけながら
背中をそっとさすってもらった

その手は、じわっと温かく
いい大人が不思議なくらい安心した

まさに「手当て」である

AIに人の手の温もりはない。

それでも、いつの日か

人の心に寄り添い、安心を届ける
「手当て」のような存在へと近づいていくのなら

それは素晴らしいことだと思う

そして、AIそのものに心があるかどうかではなく
AIとの向き合い方によって
そこに「心」を感じることができるのは
使う側、某自身なのかもしれない

「ChatGPT」と
これからも向き合っていきたい

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